雪丹が哲学ノートを晒しますの巻

哲学ノートや内省の記や雑感などをさらしていこうと思います。西田幾多郎が好きです。

形の論理について 3

以下に晒す哲学ノートは、数ヶ月前のものであるはずだが、最近多少訂正などしたので、もはやいつの時期のものか特定できなくなってしまった。まあそんなことはいい。


これもまた「形の論理」と私が呼んでいるものを説明しようとしたものだ。ただやはりこれまでの説明は抽象的でわかりにくいから、更に踏み込んだ表現を求めたのだろう。


ここでの議論の核心は、形とは必ず「過程のあるもの」「生じ、滅びゆくものだ」ということ、更にそれは常に「二つの対立的原理の一なる働き」においてあるということである。


こうして見ると、そのもう少し後に私が「理念的形式と現実的形式」と呼んで定式化した論理の萌芽がありありと見て取れる。 


そういう次第である。今までの形の論理に関する哲学ノートと同じく、世界の全てを「形」として捉えようとしているのである。西田の矛盾的自己同一などというタームも使っている。






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哲学ノート。


私は形の論理ということを色々論じているが、形ということに関してもう少し別の言い方をすれば、形とは、過程のあるもの、ではなかろうか。つまり実体的に、ただ単にそれとして有るものではなく、実際に実現して行き滅びて行くものである、生と死とがあるものである。全て有るものは形として有るのだとすれば、全て有るものには過程がなければならない。過程があるということが、そのものが有るということの根拠である。過程とは歴史である。歴史とはいつも、陰極、陽極、二つの対立原理の一つとなって、形から形へ、というものである(この対立原理というのを、歴史的世界、という一つの形において見るならば、それが西田のいう主体と環境ということになるのである)。一つのものが有るところには必ず二つの対立原理の矛盾的自己同一が見出されねばならない。したがって原理というもの自体が実体的に存在することはできない。原理は二として二ではなく一の二である。なぜなら、原理というのが一つのものとして有るとき、それはすでにそれを作る二つの対立原理を備えたものであるということを意味するからである。ということは、我々の存在において、意識というものは、いかに実体性を離れて規定しようといえども、それを根本的なものとして捉えることはできないということである。意識が何らかの意味で問題とされるということは、すでに意識が一つのものとして問題とされているということである。一つのものとして形を持つということである。その時点ですでに、その存在の根拠は、それに固有の二つの対立原理の矛盾的自己同一であるということを指し示していなければならない。それでも強いて意識というのを、単にそれ以上に背後に遡ることのないもの、形をどこまでも離れたものとして扱いたいならば、逆に根本的な立場の転換が必要となる。それは意識というものを、どこまでも形そのものとして見るという立場である。つまりこの行為的先端の一点に意識そのものを見るということである。行為的尖端とは我々の存在の最も直接的な事実である。意識されるものそのものが、意識するものという立場である。過程のあるもの、というのが形だとすれば、そしてそのような形というものをどこまでも離れたものを規定しようとするならば、それは逆に全ての過程である、全ての形であるということでなければならない。この一点に、全世界の歴史的過程を含むということでなければならない。この一点に無限の過去と無限の未来とが回収されるということでなければならない。純粋に時間となるということでなければならない。一点は現在の現在となり、徹底的に先鋭化するのである。私はここにおいて一歩も現在から出ることはできない。無限の過去と無限の未来がこの一点に回収されるとは、私は少し前の過去にも、少し後の未来にも、絶対に断絶しているということである。私はここにおいてはじめて神を見ることができるのである。神の経綸とはこのようなものに他ならない。歴史は常に歴史を越え続けて行くのである。それはもはや無限の過程ということすらできない。それではいくら無限といってみたところでまだ過程的であり、真に形を離れたものではない。真に形を離れたものは逆に形の全てであり、その過程の進行は、絶対にそこを出ることのないこの現在の一点が担っているのである。この一点は男であり、そのとき形の全ては絶対無として女である。絶対有即絶対無であり、男即女である。男と女とは一つのものの両面のことであり、男と女とのあるところには必ずそれを対立原理とする一つの形というものがなければならない。一は常に二の一であり、二は常に一の二である。


一つのものが、一つのものとしてあるということは、すなわちそれがすでにニであるということでなければならないのである。一であるためにはニでなければならない。単なる一というものはない。もし単なる一というものに固執するなら、それだけニが強く不安として意識されるようになる。ユング心理学を思い起こせばよい。一はニとして一である。ニには主従がある。一から他へという過程がなければその一つのものは一なるものではない。ニの内一方は一へ深まる方へ開かれ、他方は多へ広がる方へ開かへている。一が深まることは多が広がることを意味している。我々の存在は全てかくのごときものである。我々の存在は全て行為的尖端としてあるものであり、常に男と女の矛盾的自己同一で成り立っている。女の多の一々に男があり、それが一として掴まれる、そうなれば一はより一に深まり、子として産み出される、多はより多へ広がり、一も多も新生する。今これを書いているのを見ても、あるいはこれを読んでいるのを見てもそうである。書いたり読んだりすることは、文字から文字へと移ってゆくことである。ベルクソンの純粋持続的に尖端的に進行してゆく一点、全体を凝縮し、常に全体の自己焦点となって現在から現在へと移りゆくこの行為的尖端というのは、今述べたところの男である。そして実際に文字が文字として、他の文字に並列的であるが、それぞれが全体を映し出す全体の自己焦点としてそれぞれの独自性を持ち、それぞれの文字と文字とが内に連絡を持つということ、このような文字と文字との環境的平面が、ここでは女である。女は汝として男すなわち我を包む。それは過程である。この過程が続く限り常に子が産み出され続ける。それは男が女によって、産み続けるものである。あるいは女が自己の内に孕むことによって産み出し続けるものである。こう考えると、世界における出来事というのは全て性交と妊娠と出産であるといってよい。また子は育まれねばならぬ。子は父母に抱かれつつ、己の本性に従って成長してゆく。だからこのように一連の文字列というものが、だんだんと前の内容から発展してゆくという仕方で、出来上がってくるのである。我々の存在は、それが一つの存在であるということができる限り必ずこのようなものである。つまり我々の存在というのは、全て子、である。ここからここへ、子子から子子へである。子とは、父母に抱かれつつ成長し、自立するものである。父母についていえば、彼ら自身また同様父母を持つ子であるということを忘れてはならない。子あっての父母であり、父母あっての子である。父母から子が生まれ、育つというのは、逆にはじめに子があって、父母を包み、これらを動かし自己自身から成長するという見方もできるのである。子が、幾多の出産の連鎖を眺めつつ、ついに自分を形として実現する番の回ってきたときに生まれるという見方ができる。子は父母の性交から偶然に生まれてきたものではなく、もともとこれの背後に控えて見守っていたという見方ができる。それが媒介者の自己限定というものであり、形から形へということである。我々は主観と客観というふうに分けて世界を考えがちであるが、主観と客観はそれ自体が問題とされるときには、主観も客観もそれ自身内に主観と客観とを持つということを理解せねばならない。主観がどこまで深く見られ、それ以上背後に何もないものとされても、主観というものがそもそも何らかの意味で問題とされ得る限り、それ自身が主観と客観との組を内に備えたものでなければならない。その場合の内に備えた主観と客観の組というのは、いわゆる主観と客観とは意味合いが階層的に異なってくる。その内に備えた主観と客観とをそれぞれ単独に問題としようとしてみてもまた同じく階層的に異なった主観と客観の対が現れるだけである。主観と客観とは常に対として一つのものとして問題とせねばならないのである。重要なのは根本的実体ではないし、あるいは単に実体性を完全に否定した究極の述語面ということそれ自体でもない。そのいずれを取るにしても、やはりそれは突き詰めれば静的なものに過ぎない。全ての形に本質的なのは、それが育まれるものであり、過程のあるものであり、生と死とがあるものだということである。一つの形であるものは、二つのもの、主従の別ある二つのものの矛盾的自己同一ということが本質的に伴っている。二の一だからこそそれには無限の出産と、多くの死とがある。産み続けるとは創造であり、死とは世界における一つの事実としてはっきり歴史に刻まれることである。形は全て生と死とがあるということは、この肉体が死んだ後にも、より大なる生がここにあるということでなければならない。なぜならばもし肉体の死が、我々の存在の全ての死を意味するならば、我々の存在は初めからなかったということでなければならぬからである。しかし事実として私は今生きている、これを否定することはできない。今生きているということは永遠に生きるということである。何であっても一つの形は、より大きい形と、より小さい形との間に挟まれ、二つの矛盾的自己同一として存在することができる。我々の生がこのようにあるということは、我々の生が今の今でも、たとえ一人で居るようなときでも、一つの形としてある以上、常により大なる形とより小なる形との間に抱かれたものでなければならない。死ぬということは死んだということを認識せねばそもそも起こらない。死ぬということを認識するということは、その生よりも高次の生においてでなければならない。我々は我々の肉体が絶対に滅びることであることを認識している、そもそもそれが我々の肉体の本質的な規定であり、死ぬことがあるから我々は人間として自己の力を尽くして生きることができる。では我々の肉体を死ぬものと認識している、その自分は一体誰であるか、その自分はどこに居るのであろうか。我々は肉体にありながら、実はすでに肉体を超えた視点から生きているのだということである。死ねばまた大なる生が現れる。というよりも大なる生が現れなければそもそも死ぬことはできないのである。それもまた大なる形と小なる形とに挟まれた矛盾的自己同一として一つの形なのだから、その生にもまた死がなければならない。死とはより高次から自己を見るということである。

このように我々は自己自身を産み続ける。我々に転生というものがあるのは、自己自身を産み続けるということが存在の本質的規定に属するからである。幾度も転生を重ねることによって、その転生と転生との更に上にある高次の生が成長してゆくのである。我々は死というものをより大なる生への解放として受け止めるべきである。

形の問題というのを、自己の意識とかそういうものと別に考えてはならぬ。哲学的なことを考える人たちにありがちではなかろうかと思う。意識を問題とし、どこまでも深く考え、一度は独我論を通ったりなどして、とにかく意識の性質を明らかにしたりしてゆくのも結構であるが、意識というのもそもそも一つの生きた形であることを忘れているのではなかろうか。意識が一つのものとして問題とされ得るということ自体を問題とせねばならないのである。意識が意識として問題とされるというのは、それが歴史的に形成された一つの形であるということを伴って初めてあり得ることである。古代人は、我々が意識と呼ぶものを認識したであろうか。古代人にも自覚はないが意識はあったと、彼らは言うであろう。しかし我々が意識として認めるような意識が古代人にあったわけではない。我々が意識として認める意識というのは、そのような認識が出てくるための其れ相応の歴史的経緯というものがあったはずなのである、その歴史的過程を通過して初めて自覚された概念に違いないのである。違うのだ、我々と古代人との共通項は、同じ意識、というものがあったということではなく、生きた、ということである。我々も古代人もとにかく生きているものだということを重く受け止めねばならぬ。生きるということは死を前にして生きるということである。生死あるものとして在るということである。つまり一つの形としてあるということである。結局は形の問題に尽きるのである。古代人にも形というものがあったであろう。それも我々が形というのと同じ意味で。意識というのは、歴史的局面に際して我々が頭でひねり出した、特殊な概念であるということをしばしば忘れがちである。本当にただ生きるものには意識などというものはない。彼らはただ生きるのである。ただ生きるということを言葉で説明することはできないが、言葉でなんとか説明しようとするならば、せめてその生というものに内側から寄り添ったものでなければならない。実際に我々もその生を内側から生きねば、生そのものは理解できぬ。意識よりもまず先に、我々の実際の生にとって在ると言えるのは、形である。この形というものが、実際にどのように生きられているのか、ということを究明するのが哲学の仕事というものであろう。とにかくこれだけを明らかにしておきたい。